建仁寺


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朱の刻み











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それは、秋の陽炎


+建仁寺(けんにんじ)+

京都市東山区小松町584
東山区にある臨済宗建仁寺派大本山の寺院、山号を東山(とうざん)と号する
本尊は釈迦如来、開基(創立者)は源頼家、開山は栄西である

京都五山の第3位に列せられている
俵屋宗達の「風神雷神図」、海北友松(かいほうゆうしょう)の襖絵などの文化財を豊富に伝える
山内の塔頭としては、桃山時代の池泉回遊式庭園で有名であり、貴重な古籍や
漢籍・朝鮮本などの文化財も多数所蔵していることで知られる両足院などが見られる
また、豊臣秀吉を祀る高台寺や、「八坂の塔」のある法観寺は建仁寺の末寺である
寺号は「けんにんじ」と読むが、地元では「けんねんさん」の名で親しまれている

アクセス 京都市バス 「祇園」下車 徒歩8分

源光庵


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驟雨











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僕が見た、この景色











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驟雨











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私が見た、この眺め











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驟雨












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季節が巡り、この秋に出逢えたなら











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驟雨











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再び、この場所を訪れるだろう



+源光庵(げんこうあん)+

京都市北区鷹峯北鷹峯町47
鷹峯(たかがみね)にある曹洞宗の寺院、山号は鷹峰山、正式には鷹峰山寶樹林源光庵という
本尊は釈迦牟尼仏
貞和2年(1346)に臨済宗大徳寺の徹翁義亨の隠居所として開基、当初は復古堂と呼ばれた
その後、1694年(元禄7)に卍山道白により曹洞宗に改宗された

本堂の天井板は伏見桃山城から移築したもので、1600年(慶長5)に徳川家家臣鳥居元忠らが
石田三成に破れ自刃したときの跡が残り、血天井となっている
その脇に丸窓と角窓がありそれぞれ悟りの窓、迷いの窓と呼ばれている

アクセス 京都市バス 「源光庵」下車 徒歩2分

南禅院


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二度、美味しい











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ちょうど1ヶ月前、

緑の葉が、少しづつ染まり始めた頃

この南禅院を、訪れました


この景色が紅葉に染まるのを想いながら

実際に、訪れてみる

こう云うのって、幸せな事なんだなぁ^^



+南禅院(なんぜんいん)+

京都市左京区南禅寺福地町86
左京区にある臨済宗南禅寺派大本山・南禅寺の塔頭である
南禅寺の発祥地といわれている

門前には琵琶湖疏水事業の一環として建設された水路閣が通る
亀山上皇の離宮時代の「上の宮」跡に創建される
応仁の乱以後は荒廃していたが,元禄16年(1703)に
桂昌院(徳川5代将軍・徳川綱吉の母)によって再建された
亀山上皇が自ら作庭したと伝わる池泉回遊式庭園で、新緑と紅葉の頃は絶景である
国の史跡および名勝に指定されている

アクセス 京都市バス 「東天王町」下車 徒歩12分

直指庵


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虹色の季節











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紅葉の季節、

紅い色だけでなく、色彩が豊かな七色の季節

その事を、直指庵が教えてくれます


+直指庵(じきしあん)+

京都市右京区北嵯峨北ノ段町3
右京区にある浄土宗の寺院、山号は祥鳳山、寺号はない
本尊は阿弥陀如来、隠れた秋の紅葉の名所としても知られている

正保3年(1646)に独照性円が没蹤庵を建てたのに始まる
名前の由来は独昭禅師が黄檗禅の正統さを「直指伝心」することを旨としたことによる
その後荒廃し、幕末に浄土宗の寺として再興されたのが現在の直指庵である

再興時の建物は明治年間に消失し、現在の建物は1899年に再建されたものである

アクセス 京都市バス 「大覚寺」下車 徒歩20分

妙心寺 大法院


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Is it getting better











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Or do you feel the same

Will it make it easier on you











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Now you got someone to blame











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You say One love One life

When it's one need In the night











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It's one love

We get to share it











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It leaves you darling

If you don't care for it











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私の好きな「One」

アイルランドが生んだ、ロックバンド、U2の名曲です











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そのボーカルであるボノも、この景色を眺めたそうです



+大法院(だいほういん)+

京都市右京区花園大薮町20
真田幸村の兄で松代藩主であった真田信之の菩提寺
露地庭園が美しいことで知られ、境内には、松代藩の真田家一門や兵法学者佐久間象山の御墓がある

普段非公開だが、春の新緑と秋の紅葉の時期のみ特別公開される

アクセス 京都市バス 妙心寺北門前 下車 徒歩10分

祇王寺

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紅祇王(くれないぎおう)











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世は、平安の末ごろ











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都を、追われた白拍子(しらびょうし)が

ひっそりと嵯峨野の地に、住んでいた











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名を祇王(ぎおう)、

美しい女性(ひと)であったと云う・・・・











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悲恋が招いた因果か

求めたのは、平穏な暮らし











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しかし、彼女の心の奥底には

熾火(おきび)の様な、小さな炎が揺れていた











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その炎が、やがてこの地を










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紅く染める




+祇王寺(ぎおうじ)+

京都市右京区嵯峨鳥居本小坂32
右京区にある真言宗大覚寺派の仏教寺院、寺自体は尼寺である
山号は高松山、院号は往生院、本尊は大日如来
元々は浄土宗の僧・良鎮が創建した往生院の跡を引き継いで今日に至る

また、平家物語には平清盛の寵愛を受けた白拍子の祇王と仏御前が出家のため入寺したとしても知られている
その後往生院は衰退をたどり、明治時代の初期に一時廃寺となるが、嵯峨大覚寺の支配を受け真言宗に改宗し
1905年(明治38年)に富岡鉄斎らの尽力もあって復興を遂げた
苔の庭でも知られる

アクセス 京都市バス91番系統 「嵯峨釈迦堂前」下車 徒歩12分

霊雲院


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紅葉を逃れて











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東福寺は、紅葉の名所











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この季節、大変多くの人が訪れます











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その中でも、ひときわ沢山の人で沸き返る通天橋











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その通天橋から、歩いて数分のところにある御寺、霊雲院











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この沸き返る人波の中、こちらは驚くべき静けさ











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こちらも、東福寺さんの塔頭寺院なんですが











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紅葉が無くても、こんなカッコいい御庭があるんです^^



+霊雲院(れいうんいん)+

京都市東山区本町15丁目801
東山区にある臨済宗東福寺派の寺院で東福寺の塔頭である
明徳元年(1390年)に岐陽方秀(きようほうしゅう)が開いたとされ、当初は不二庵と呼ばれていた
岐陽和尚は、天龍寺第六十四世、南禅寺第九十六世、東福寺第八十世に歴任した高僧である
明徳4年(1394年)に遣明船が明国から四書や詩経集伝などを舶載した時
岐陽和尚がはじめてこれらに注釈を加えて講義をされ、後に将軍足利義持に篤く帰依されている
前庭に著名な「九山八海の庭」がある
江戸時代中期に作庭され、久しく荒廃していたものを、昭和を代表する造園家・重森三玲が昭和45年(1970年)に復元した
九山八海(くせんはっかい)とは須弥山を中心に八つの山脈と八つの海がとりまくという仏教の世界観で
遺愛石(いあいせき)を須弥山に見立て、白砂の波紋が山海を表現している

アクセス 京都市バス 「東福寺」 下車 徒歩10分

天龍寺


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紅葉曼荼羅(こうようまんだら)











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何度でも、カメラを構えたい

そんな紅葉に出逢えました^^



+天龍寺(てんりゅうじ)+

京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町68

右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町にある、臨済宗天龍寺派大本山の寺院
山号は霊亀山(れいぎざん)、寺号は詳しくは天龍資聖禅寺(てんりゅうしせいぜんじ)と称する
本尊は釈迦如来、開基(創立者)は足利尊氏、開山(初代住職)は夢窓疎石である
足利将軍家と桓武天皇ゆかりの禅寺として壮大な規模と高い格式を誇り、京都五山の第一位とされてきた
「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている

アクセス 京福電気鉄道(嵐電) 「あらしやま」下車 徒歩5分

天授庵


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眼の前に拡がる景色











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こんな風景を眺めながら











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心に入り込む想い











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肌にあたる薫風











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私が待っていたのは











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この染まりゆく紅葉だけではなく











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優しい雨だった・・・











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その事に気付かせてくれたのは、

やっぱりカメラでした^^



+天授庵(てんじゅあん)+

京都市左京区南禅寺福地町
天授庵(てんじゅあん)は臨済宗南禅寺の塔頭である
暦応2年 (1339) に虎関師錬が南禅寺を開山した無関普門の塔所(墓所)として建立された
戦国時代には衰退したが,慶長7年 (1602) に武将で歌人としても知られる細川幽斎により再興された
書院南庭は、杉や楓が鬱蒼と茂る池泉回遊式庭園で、明治時代に改修されているが南北朝時代の面影を残す

アクセス 京都市バス「東天王町」下車 徒歩15分

高台寺


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始まりましたか?











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ええ、始まりました

彩の季節が


+高台寺(こうだいじ)+

京都市東山区高台寺下河原町526
東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院、山号は鷲峰山(じゅぶさん)、寺号は高台寿聖禅寺
豊臣秀吉の正室である北政所(高台院)が秀吉の冥福を祈るため建立した寺院であり
寺号は北政所の落飾(仏門に入る)後の院号である高台院にちなむ
釈迦如来を本尊とする禅宗寺院であるとともに、秀吉と北政所を祀る霊廟としての性格をもった寺院

霊屋(おたまや)の堂内装飾には桃山様式の蒔絵が用いられ
北政所所持と伝えられる蒔絵調度類を多数蔵することから「蒔絵の寺」の通称がある

アクセス 京都市バス 「祇園」下車 徒歩10分
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