圓徳院


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化粧直し











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未明から降り積もった雪化粧が

朝の陽光を浴びて

薄化粧に変わってゆく


もともと、別嬪さんの名庭には

薄化粧が、よく似合っています




+圓徳院(えんとくいん)+

京都市東山区下河原町530
東山区にある高台寺(臨済宗建仁寺派)の塔頭のひとつ、本尊は釈迦如来
名勝庭園と、豊臣秀吉の正室・高台院が晩年を過ごした寺として知られる

この寺は、備中国足守藩主で高台院の甥に当たる木下利房が、伏見城の化粧殿を
自らの邸に移して寺としたのに始まる
寺号の圓徳院は利房の法号からとられたものである
なお、この寺に安置されている三面大黒天は秀吉の念持仏とされる

アクセス 京都市バス 祇園下車 徒歩15分







金閣寺(鹿苑寺)

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初化粧











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ハッとする、美しさ


今年、京都に降った、初めての雪

舎利殿だけでなく

全てが、雪化粧に覆われました



+金閣寺(鹿苑寺)+

京都市北区金閣寺町1
北区にある臨済宗相国寺派の寺院
寺名は足利義満の法名に因む、通称金閣寺(きんかくじ)、山号は北山
室町時代前期の北山文化を代表する建築で、1994年(平成6年)に古都京都の文化財として
世界遺産に登録された
中心となる建築物である舎利殿を「金閣」、寺院全体を「金閣寺」と通称している

応永4年(1397)、足利義満が河内国の領地と交換に西園寺を譲り受け、改築と新築によって一新した
この義満の北山山荘は当時「北山殿」、または「北山第」と呼ばれた
邸宅とは言え、その規模は御所に匹敵し、政治中枢の全てが集約された
義満は征夷大将軍を子の義持に譲っていたが、実権は手放さず、北山殿にあって政務を行っていた
義満の死後、義持によって北山殿は舎利殿を残して解体されるが、義満の遺言により禅寺とされ
義満の法号「鹿苑院」から鹿苑寺と名付けられた、夢窓疎石を勧請開山(名目上の開山)としている

アクセス 京都市バス 「金閣寺道」下車 徒歩3分

智積院


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浮世離れ











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仕事始めで

いきなり浮世(現実世界)の、しがらみに引き戻される


そんな時は

しばし、御庭を眺めながらリフレッシュ

やっぱり、良いなぁ^^



+智積院(ちしゃくいん)+

京都市東山区東大路通七条下ル東瓦町964
東山区にある真言宗智山派総本山の寺院である
山号を五百佛山(いおぶさん)、寺号を根来寺(ねごろじ)という
本尊は金剛界大日如来、開基は玄宥(げんゆう)である

智山派大本山として、成田山として知られる千葉県成田市の成田山新勝寺
「川崎大師」の通称で知られる神奈川県川崎市の川崎大師平間寺及び
東京都八王子市の高尾山薬王院がある

智積院の歴史は複雑で、紀州にあった大伝法院と、豊臣秀吉が、3歳で死去した愛児鶴松のために建てた
祥雲寺という2つの寺が関係している

アクセス 京都市バス 「東山七条」下車 徒歩3分

天龍寺


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心の声











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美しいと思った時











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シャッターを切りなさい











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愛おしいと思った時











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シャッターを切りなさい











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そして、自分にとって












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意味のある写真を撮りなさい











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そう云えば、昔











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お祖父ちゃんが、そんな事を言っていました^^











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新年、明けましておめでとうございます


本年も、「きょうと京都」を宜しく御願い致します




+天龍寺+

京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町68

右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町にある、臨済宗天龍寺派大本山の寺院
山号は霊亀山(れいぎざん)、寺号は詳しくは天龍資聖禅寺(てんりゅうしせいぜんじ)と称する
本尊は釈迦如来、開基(創立者)は足利尊氏、開山(初代住職)は夢窓疎石である
足利将軍家と桓武天皇ゆかりの禅寺として壮大な規模と高い格式を誇り、京都五山の第一位とされてきた
「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている

アクセス 京福電気鉄道(嵐電) 「あらしやま」下車 徒歩3分

西本願寺 唐門


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飽きさせません











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陽暮らし門とは、よく云ったもの

まさに、飽きる事なく、眺め続けてしまう


2016年も暮れていきますね

皆様、良い年を御迎えくださいませ



+西本願寺 唐門+

京都市下京区堀川通花屋町下ル門前町60 境内南側

唐門は、黒塗りに極彩色の四脚門で、牡丹に唐獅子、竹に虎、麒麟に孔雀など
数々の彫刻が施されている
その豪華で精巧な様を眺めていたら、時間が経つのも忘れてしまうことから
別名「日暮らし門」と呼ばれている
伏見城から移築されたという説もあるが、定かではない

アクセス 京都市バス 西本願寺前 下車 徒歩10分

地蔵院


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この景色を見上げながら











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ふと考えてみた・・・・・











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此処から踏みだす、この一歩は











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もう過ぎ去ったと、感じていた











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秋と云う季節、ではなく











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肌身に染みだした冬でもない











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その途中に、立ち止って居る自分が在る











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その事に気付かせてくれたのは、やはりカメラでした




+地蔵院(じぞういん)+

京都市西京区山田北ノ町23
西京区にある臨済宗の寺院、山号は衣笠山、本尊は地蔵菩薩 
周囲を竹林で囲まれていることから竹の寺の通称で知られている
一休宗純は幼少時、この寺で修行したと伝えられる
応安元年(1368)、室町幕府管領を務めた武将細川頼之によって創建された
頼之は碧潭周皎(へきたんしゅうこう)に帰依して出家した
当寺の実質的な開山は碧潭周皎であるが、碧潭は法兄である夢窓疎石を勧請開山としている

南北朝時代には勅願寺となって寺運も興隆したが、応仁の乱の兵火により伽藍を焼失し寺運も衰えた
江戸時代中期に中興され、江戸期には天龍寺に属した
昭和43年に独立して単立寺院となった
アクセス 阪急嵐山線「上桂」駅下車 徒歩15分

妙心寺 大法院

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Memories of Crimson











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2016年の秋は

この紅色の景色で、思い出す




+大法院(だいほういん)+

京都市右京区花園大薮町20
真田幸村の兄で松代藩主であった真田信之の菩提寺
露地庭園が美しいことで知られ、境内には、松代藩の真田家一門や兵法学者佐久間象山の御墓がある

普段非公開だが、春の新緑と秋の紅葉の時期のみ特別公開される

アクセス 京都市バス 妙心寺北門前 下車 徒歩10分

龍安寺


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御存知でしたか?











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龍安寺で有名な石庭











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この石庭を、A面とするなら











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この方丈庭園には











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他にも、お勧めの











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見所があったりします











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例えば、B面とも云える裏庭や











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通り過ぎてしまいがちの











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このC面など











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個人的には、お勧めだったりします^^



+龍安寺(りょうあんじ)+

京都市右京区龍安寺御陵下町13
右京区にある臨済宗妙心寺派の寺院、石庭で知られる、山号を大雲山と称する
本尊は釈迦如来、開基(創立者)は細川勝元、開山(初代住職)は義天玄承である
「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている

「龍安寺の石庭」として知られる枯山水の方丈石庭で有名な龍安寺は
禅宗が盛んだった室町幕府の管領、守護大名で、応仁の乱の東軍総帥でもあった細川勝元が
宝徳2年(1450)に創建した禅寺である
衣笠山山麓に位置する龍安寺の所在地は、藤原北家の流れを汲む徳大寺実能以来
徳大寺家の山荘であったところを、細川勝元が譲り受けたものである
初代住職として妙心寺5世住持の義天玄承(玄詔)を迎えた
龍安寺の開山は実質的にはこの義天玄承とされているが、義天自身は2世に退き
自分の師の日峰宗舜を開山に立てている
創建当初の寺地は現在よりはるかに広く、京福電鉄の線路のあたりまでが境内であったという

アクセス 京都市バス「龍安寺前」下車 徒歩2分

高桐院


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秋は、まだ終わらない











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散り紅葉の参道を











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秋は、まだ終わらない











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虹色の紅葉の輝きを











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秋は、まだ終わらない











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侘びに浸る額縁を











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秋は、まだ終わらない











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この高桐院を、訪ねてしまえば











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ただ、じっと見つめ











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ただ、じっと眺め











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心に焼き付いてしまう景色











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だから、秋は、まだ終われない




+高桐院(こうとういん)+

京都市北区紫野大徳寺町73-1
高桐院(こうとういん)は臨済宗大徳寺派大本山大徳寺の塔頭のひとつである
開基(創立者)は細川忠興(三斎)、開山(初代住職)は玉甫紹(ぎょくほじょうそう)
正保2年(1645)に、83歳で没した忠興の遺言により、その遺歯が高桐院に埋葬された
以後細川家の菩提寺として庇護される

アクセス 京都市バス205番206番、大徳寺下車、徒歩10分

蓮華寺


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五色霜林











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この景色を眺めながら

五色霜林(ごしきそうりん)と云う言葉を

久しぶりに、思い出しました




+蓮華寺(れんげじ)+

京都市左京区上高野八幡町1
左京区にある天台宗の寺院、山号は帰命山(きみょうざん)
近世初期に造営された池泉鑑賞式庭園によって知られる

高野川のほとり、かつての鯖街道(国道367号線)の京都口の傍ら上高野の地にある
しかし、もとは七条塩小路(現在の京都駅付近)にあった西来院という時宗寺院であり
応仁の乱に際して焼失したものを江戸時代初期の寛文2年(1662)に、加賀前田藩の家臣
今枝近義が再建したものである

上高野は、かつて近義の祖父、重直の庵があった土地であった
重直は、美濃国出身の武士で、豊臣秀次に仕えた後、加賀前田家に招かれた
晩年に至って得度し、宗二(そうじ)居士と号して、詩書や絵画、茶道に通じた文人として草庵を結んだ
また、仏道への帰依の念も深く、上高野の地に寺院を建立することを願っていたが、果たせずして
寛永4年(1627)に死去した
近義が蓮華寺を造営したのは、祖父の願いに応え、菩提を弔うためと考えられている

アクセス 京都交通バス 「上橋」下車 徒歩1分
プロフィール

Author:高兄
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