高山寺


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摩訶不思議











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人のおかしみや、哀しみ

色んな事を、感じられる場所です


+高山寺(こうざんじ)+

京都市右京区梅ケ畑栂尾町
右京区梅ヶ畑栂尾(とがのお)町にある寺院、栂尾は京都市街北西の山中に位置する
高山寺は山号を栂尾山と称し、宗派は真言宗系の単立である
創建は奈良時代と伝えるが、実質的な開基(創立者)は、鎌倉時代の明恵である
「鳥獣人物戯画」をはじめ、絵画、典籍、文書など、多くの文化財を伝える寺院として知られる
境内が国の史跡に指定されており、「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている

高山寺の中興の祖であり、実質的な開基とされるのは、鎌倉時代の華厳宗の僧、明恵(みょうえ)である
明恵房高弁(1173-1232)は承安3年(1173)
紀伊国有田郡は現在の和歌山県有田川町にあたる場所で生まれた
父は平重国という武士であり、母は紀州の豪族湯浅家の娘であった
幼時に両親を亡くした明恵は、9歳で生家を離れ、母方の叔父に当たる神護寺の
僧上覚(1147-1226)のもとで仏門に入った

明恵は建永元年(1206)、34歳の時に後鳥羽上皇から栂尾の地を与えられ
また寺名のもとになった「日出先照高山之寺」の額を下賜された
この時が現・高山寺の創立と見なされている
「日出先照高山」(日、出でて、まず高き山を照らす)とは、「華厳経」の中の句で
「朝日が昇って、真っ先に照らされるのは高い山の頂上だ」という意味であり
そのように光り輝く寺院であれとの意が込められていると思われる
高山寺は中世以降、たびたびの戦乱や火災で焼失し、鎌倉時代の建物は石水院を残すのみとなっている

アクセス JRバス周山行・栂ノ尾行 「栂ノ尾」 下車 徒歩7分
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