東林院 x 天得院


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沙羅の花咲く、東林院にて











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花、離るるその姿に











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命の、儚さを感じ











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桔梗の花咲く、天得院にて











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その可憐なる、花弁の姿に











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命の、輝きを知る


+東林院(とうりんいん)+

京都市右京区花園妙心寺山内
臨済宗妙心寺の塔頭の一つ、樹齢300年の沙羅双樹の銘木で知られる
通称は沙羅双樹の寺

享禄4年(1531)、細川氏綱が父の菩提を弔うため現在の京都市上京区に建てた三友院を起源とする
弘治2年(1556)に山名豊国(母が細川高国の娘)が妙心寺(右京区花園)山内に移し
現在の「東林院」と改名した
このときに東林院は細川氏菩提寺から山名氏菩提寺に転じて現在に至っている

基本的に非公開寺院であるが、毎年1月の「小豆粥で新春を祝う会」、6月の「沙羅の花を愛でる会」
および10月の「梵燈のあかりに親しむ会」の時は特別拝観可能である

アクセス 京都市バス 「妙心寺」下車 徒歩5分


+天得院(てんとくいん)+

京都市東山区本町15-802
天得院は、万松山と号し、南北朝時代の正平年間(1346~1370年)に
東福寺第三十世住持 無夢一清(むむいっせい)禅師が開創した東福寺五塔頭のひとつです
その後は、衰微していましたが、中興 大機慧雄(だいきえゆう)禅師により再興されました

慶長19年(1614年)に東福寺第二二七世 文英清韓(ぶんえいせいかん)長老が住菴となり
豊臣秀吉や秀頼の五山の学僧として手厚い扱いを受けていました
そして、秀頼の請に応じ、方広寺の鐘銘を撰文することになりました
この鐘銘中に「国家安康君臣豊楽」の文字があり、家康を引き裂き豊臣家の繁栄を
願うものとして家康に難詰され、天得院は取り壊されました

桃山時代に作庭されたとされる庭園は、昭和43年中根金作師の指導により一部補修され
現在に至っています
びっしりと杉苔に覆われた枯山水の庭に
凜と咲く桔梗の青や白の花が美しく、桔梗の寺として知られるようになりました

(天得院HPより抜粋)

アクセス 京都市バス 東福寺 下車 徒歩10分
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