祇園甲部

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祗園恋しや・・・


NEX-5 with 16mm Pancakelens・・・ Again













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祗園花見小路を南へ


久しぶりに

わたしのホームグランドの御茶屋さんへ

このエリアは、祗園甲部(ぎおんこうぶ)と呼ばれています


京都には御茶屋が現存する花街が5つあります


祗園甲部

祗園東

先斗町

宮川町

上七軒

この5つです















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甲部にある、以前にも御紹介した

とある御茶屋さん


わたしのお気に入りのカウンターBARで

いつもの様に、ひとり飲みます















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この場所

凄く落ち着くんですよ♪


なんか

此処を通り過ぎた

いろんな人の匂いが、するような気がするんですよね^^


久しぶりに、大女将とも御話が出来ました















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二階の御座敷に上がる前の

佳つ幸(かつゆき)ちゃん


久しぶりに見かけましたが

すっかり芸妓さんらしく、風格があります



この娘なんか、見習いさんの頃から知っているので

こうした姿を見ると

自分も齢をとったもんやなぁ・・・・と^^;






+祇園甲部(ぎおんこうぶ)+

祇園甲部(京都市東山区)は、京都で最大の花街
日本国内のみならず海外でも知られ世界各国からの国賓、要人が立ち寄る場にもなっている

寛永年間に八坂神社の門前で営業された水茶屋がこの花街の始まりで
京都所司代板倉重宗によって茶立ち女を置くことが許可され、門前の茶屋町を
「祇園町」と称するようになった

寛文年間になると四条河原町に芝居小屋が建ち、四条通りと大和通りにも茶屋が開かれるようになり
弁財天町・二十一軒町・中之町・山端町・宮川町で、「祇園外六町」と称した
享保17年(1732)、正式に茶屋渡世の営業許可が下りると元吉町・橋本町・林下町・末吉町
清本町・富永町の「祇園内六町」が開かれ、さらに繁栄した

この際に、団子をモチーフにした紋章が作られた
この紋章は現在も祇園甲部と祇園東の紋章として使われている
江戸末期にはお茶屋が500軒、芸妓、舞妓、娼妓合わせて1000人以上いたという

アクセス 京都市バス 「祇園」下車 徒歩3
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