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南禅院


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散り際の、美学











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難しい事は、わからないですが

これがひとつの、

晩秋の完成形でしょうね^^


+南禅院(なんぜんいん)+

京都市左京区南禅寺福地町86
左京区にある臨済宗南禅寺派大本山・南禅寺の塔頭である
南禅寺の発祥地といわれている

門前には琵琶湖疏水事業の一環として建設された水路閣が通る
亀山上皇の離宮時代の「上の宮」跡に創建される
応仁の乱以後は荒廃していたが,元禄16年(1703)に
桂昌院(徳川5代将軍・徳川綱吉の母)によって再建された
亀山上皇が自ら作庭したと伝わる池泉回遊式庭園で、新緑と紅葉の頃は絶景である
国の史跡および名勝に指定されている

アクセス 京都市バス 「東天王町」下車 徒歩12分
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圓徳院


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戦国の妻(おんな)たち











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豊臣秀吉の正室であった、北政所(ねね)











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秀吉没後は、晩年を

この高台寺、圓徳院で過ごしたと云われています











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そして、北政所は

親交のある大名たちの、妻を招いて












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この場所で、御茶を飲みながら

談笑していたと云われています











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きっと、この晩秋の景も

皆で眺めていたのでしょうね


+圓徳院(えんとくいん)+

京都市東山区下河原町530
東山区にある高台寺(臨済宗建仁寺派)の塔頭のひとつ、本尊は釈迦如来
名勝庭園と、豊臣秀吉の正室・高台院が晩年を過ごした寺として知られる

この寺は、備中国足守藩主で高台院の甥に当たる木下利房が、伏見城の化粧殿を
自らの邸に移して寺としたのに始まる
寺号の圓徳院は利房の法号からとられたものである
なお、この寺に安置されている三面大黒天は秀吉の念持仏とされる

アクセス 京都市バス 祇園下車 徒歩15分

龍安寺


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石庭の彩り











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枯山水の御庭だけでは、ありません

境内各地で、秋の彩りに包まれていました^^


+龍安寺(りょうあんじ)+

京都市右京区龍安寺御陵下町13
右京区にある臨済宗妙心寺派の寺院、石庭で知られる、山号を大雲山と称する
本尊は釈迦如来、開基(創立者)は細川勝元、開山(初代住職)は義天玄承である
「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている

「龍安寺の石庭」として知られる枯山水の方丈石庭で有名な龍安寺は
禅宗が盛んだった室町幕府の管領、守護大名で、応仁の乱の東軍総帥でもあった細川勝元が
宝徳2年(1450)に創建した禅寺である
衣笠山山麓に位置する龍安寺の所在地は、藤原北家の流れを汲む徳大寺実能以来
徳大寺家の山荘であったところを、細川勝元が譲り受けたものである
初代住職として妙心寺5世住持の義天玄承(玄詔)を迎えた
龍安寺の開山は実質的にはこの義天玄承とされているが、義天自身は2世に退き
自分の師の日峰宗舜を開山に立てている
創建当初の寺地は現在よりはるかに広く、京福電鉄の線路のあたりまでが境内であったという

アクセス 京都市バス「龍安寺前」下車 徒歩2分















龍吟庵


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HIGH & LOW











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ハイキーでも、ローキーでも

ご自由にどうぞ

外連味(けれんみ)たっぷりの、季節ですから^^


+龍吟庵(りょうぎんあん)+

京都市東山区本町15丁目812
東山区にある臨済宗東福寺派の寺院で東福寺の塔頭である
東福寺の主要伽藍の東北、本坊庫裏の背後から偃月橋(えんげつきょう)を渡った正面に位置する
東福寺第三世住持、無関普門(大明国師)の住居跡で、東福寺塔頭の第一位に置かれている
毎年11月に、特別に一般公開される

方丈を囲んで東・西・南の三庭からなっている
いずれも重森三玲の手による枯山水の庭で、昭和39年(1964)の作庭である


アクセス  JR奈良線・京阪本線 東福寺駅下車、徒歩10分
       京都市バス 東福寺下車 徒歩10分

妙心寺 大法院


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Café d'automne











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オープンカフェで、

こんな景色を眺めながら

御茶を一服、頂く

そんな贅沢^^


+大法院(だいほういん)+

京都市右京区花園大薮町20
真田幸村の兄で松代藩主であった真田信之の菩提寺
露地庭園が美しいことで知られ、境内には、松代藩の真田家一門や兵法学者佐久間象山の御墓がある

普段非公開だが、春の新緑と秋の紅葉の時期のみ特別公開される

アクセス 京都市バス 妙心寺北門前 下車 徒歩10分

源光庵


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悟りを、求めつつ











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迷いに、魅入られる


P.S 

仕事がバタついています、コメント欄は閉じています


+源光庵(げんこうあん)+

京都市北区鷹峯北鷹峯町47
鷹峯(たかがみね)にある曹洞宗の寺院、山号は鷹峰山、正式には鷹峰山寶樹林源光庵という
本尊は釈迦牟尼仏
貞和2年(1346)に臨済宗大徳寺の徹翁義亨の隠居所として開基、当初は復古堂と呼ばれた
その後、1694年(元禄7)に卍山道白により曹洞宗に改宗された

本堂の天井板は伏見桃山城から移築したもので、1600年(慶長5)に徳川家家臣鳥居元忠らが
石田三成に破れ自刃したときの跡が残り、血天井となっている
その脇に丸窓と角窓がありそれぞれ悟りの窓、迷いの窓と呼ばれている

アクセス 京都市バス 「鷹峯源光庵」下車 徒歩2分

泉涌寺


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百聞は一見にしかず











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紅葉と云えば、紅色だけでなく

この何とも云えない、自然のグラデーション

聞くと観るとでは、大きく違いますよ

P.S 

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+泉涌寺(せんにゅうじ)+

京都市東山区泉涌寺山内町27
東山区泉涌寺山内(やまのうち)町にある真言宗泉涌寺派総本山の寺院
山号は東山(とうざん)または泉山(せんざん)
本尊は釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒如来の三世仏

平安時代の草創と伝えるが、実質的な開基(創立者)は鎌倉時代の
月輪大師俊芿(がちりんだいししゅんじょう)である
東山三十六峰の南端にあたる月輪山の山麓に広がる寺域内には、鎌倉時代の後堀河天皇
四条天皇、江戸時代の後水尾天皇以下幕末に至る歴代天皇の陵墓があり、皇室の菩提寺として
「御寺(みてら)泉涌寺」と呼ばれている

アクセス 京都市バス泉涌寺道バス停下車 徒歩8分

雲龍院


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Moment of silence











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息を潜め、時には呼吸を止めて

眺めてみてください

新しい発見があるかも知れません

P.S 

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+雲龍院(うんりゅういん)+

京都市東山区泉涌寺山内町36
皇室と縁の深い泉涌寺の少し奥にある雲龍院は同寺の別院で
古より写経道場として受け継がれ現在に至っている
創建は応安5年(1372)後光巌天皇による
再度の焼失再建を繰り返し、後水尾天皇より写経会に要する仏具百余点の寄付を受け再興
本尊は薬師如来、西国薬師如来四十番霊場で、徳川時代には諸方より各宗の門徒が集まり
研鑽を励んだと伝えられている

アクセス 京都駅から、市バス208号系統で「泉涌寺道」下車 徒歩12

蓮華寺


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秋夢











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それは、1年のうちでも、ほんの数日

秋深まる、雨上がりにだけ

現れる景色


+蓮華寺(れんげじ)+

京都市左京区上高野八幡町1
左京区にある天台宗の寺院、山号は帰命山(きみょうざん)
近世初期に造営された池泉鑑賞式庭園によって知られる

高野川のほとり、かつての鯖街道(国道367号線)の京都口の傍ら上高野の地にある
しかし、もとは七条塩小路(現在の京都駅付近)にあった西来院という時宗寺院であり
応仁の乱に際して焼失したものを江戸時代初期の寛文2年(1662)に、加賀前田藩の家臣
今枝近義が再建したものである

上高野は、かつて近義の祖父、重直の庵があった土地であった
重直は、美濃国出身の武士で、豊臣秀次に仕えた後、加賀前田家に招かれた
晩年に至って得度し、宗二(そうじ)居士と号して、詩書や絵画、茶道に通じた文人として草庵を結んだ
また、仏道への帰依の念も深く、上高野の地に寺院を建立することを願っていたが、果たせずして
寛永4年(1627)に死去した
近義が蓮華寺を造営したのは、祖父の願いに応え、菩提を弔うためと考えられている

アクセス 京都交通バス 「上橋」下車 徒歩1分

妙心寺 退蔵院


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胎蔵界曼荼羅(たいぞうかいまんだら)











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秋晴れに、迎えられて

輝き始めた曼荼羅


+退蔵院(たいぞういん)+

京都市右京区花園妙心寺町35
右京区花園にある臨済宗大本山妙心寺の塔頭、初期水墨画の代表作である
国宝「瓢鮎図」を所蔵することで知られる
1404年(応永11年)に越前国の豪族・波多野重通(はたのしげみち)が
妙心寺第三世・無因宗因(むいんそういん)を開山として千本通松原に創建し
日峰宗舜により妙心寺山内に移される
一時期衰退するが、後奈良天皇の帰依が深かった亀年禅愉(きねんぜんゆ)により中興される

アクセス 京福電車 妙心寺駅下車 徒歩5分
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高兄

Author:高兄
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