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旧三井家下鴨別邸

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京の冬の旅











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冬の底冷えと云われる、京都の寒さ

でも、普段は公開されない場所が

いくつも特別公開させるのが、この時期でもあるんです^^


+旧三井家下鴨別邸(きゅうみついけしもがもべっってい)+

京都市左京区下鴨宮河町58番地2
三井家11家の共有の別邸として、三井北家(総領家)第10代の三井八郎右衞門高棟(たかみね)によって
建築された邸宅である
この地には、明治42年(1909)に三井家の祖霊社である顕名霊社(あきなれいしゃ)が遷座されたが
その参拝の際の休憩所とするため、大正14年(1925)に建築されたのが
現在の旧邸主屋、玄関棟、茶室が現存している
建築に際しては、木屋町三条上るにあった明治13年(1880)建築の三井家の木屋町別邸が主屋として移築された

昭和24年(1949)には国に譲渡され、昭和26年(1951)以降
京都家庭裁判所の所長宿舎として、平成19年まで使用されていた
近代京都で初期に建設された主屋を中心として、大正期までに整えられた大規模別邸の屋敷構えが
良好に保存されており、近代和風建築として価値の高いことから、平成23年(2011)に重要文化財に指定された

アクセス 京都市バス 出町柳駅前 下車 徒歩5分
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祇園甲部

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IN THE MONOCHROME WORLD at 四条花見小路交差点




+祇園甲部(ぎおんこうぶ)+

祇園甲部(京都市東山区)は、京都で最大の花街
日本国内のみならず海外でも知られ世界各国からの国賓、要人が立ち寄る場にもなっている

寛永年間に八坂神社の門前で営業された水茶屋がこの花街の始まりで
京都所司代板倉重宗によって茶立ち女を置くことが許可され、門前の茶屋町を
「祇園町」と称するようになった

寛文年間になると四条河原町に芝居小屋が建ち、四条通りと大和通りにも茶屋が開かれるようになり
弁財天町・二十一軒町・中之町・山端町・宮川町で、「祇園外六町」と称した
享保17年(1732)、正式に茶屋渡世の営業許可が下りると元吉町・橋本町・林下町・末吉町
清本町・富永町の「祇園内六町」が開かれ、さらに繁栄した

この際に、団子をモチーフにした紋章が作られた
この紋章は現在も祇園甲部と祇園東の紋章として使われている
江戸末期にはお茶屋が500軒、芸妓、舞妓、娼妓合わせて1000人以上いたという

アクセス 京都市バス 「祇園」下車 徒歩3分

無鄰菴


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水鳥は、知っている











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せせらぎの音の流れの中


一番の天敵である、人間たちも

なぜか、此処では御行儀が良い


カメラで追っかけ回される事もない


だから

水鳥たちは、此処に集まります^^


+無鄰菴(むりんあん)+

京都市左京区南禅寺草川町31
無鄰菴は、山縣有朋の別邸で七代目小川治兵衛の作庭
「無鄰菴」と名付けられた山縣邸は三つある
最初の無鄰菴は山縣の郷里、長州・下関の草庵である、名前の由来はこの草菴に隣家がない事による

第二の無鄰菴は、京都の木屋町二条に購入した別邸、そして第三の無鄰菴が京都・南禅寺参道前に
造営した別邸で、「無鄰菴会議」の舞台ともなった場所である

アクセス 京都市バス 「京都会館美術館前」下車 徒歩8分

旧邸御室


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ゆっくり、ゆったり











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観光の方の姿も、少なく

ゆっくり、御庭を眺め

ゆっくり、写真が撮れる

嬉しい、かぎり^^


+旧邸御室(きゅうていおむろ)+

京都市右京区御室岡ノ裾町5
昭和12年に建てられた旧邸御室。数寄屋造りの見事な装飾が随所に見られる郊外邸宅建築ですが、その設計者および建設目 的は不明。 邸宅のすぐ南側にある天皇ゆかりの門跡寺院「仁和寺」にそっと隠れるように佇んでおり、関係性は明らかにな ってはいませんが格式の高さを受け継いでいるかのような趣を備えています。 所有者の変遷も定かではありませんが、昭和44年、当時、住居として所有していた大手酒造会社役員・四代目阿部喜兵衛氏 より、現オーナーの父である株式会社山三製材所社長の山本三夫が購入。四代目阿部喜兵衛の祖父にあたる二代目阿部喜兵 衛は、朝の連続テレビ小説「マッサン」のモデルで話題となった竹鶴政孝氏をスコットランドへ送り出したことで知られて います。 平成28年11月、旧邸御室は建築物としての保存状態がよく、茶室や待合を備え、 美しい庭が一望できるという郊外邸宅 建築の特徴を持つことから国登録有形文化財に登録。 平成29年5月2日付の「第95号官報」に掲載されました。 2017 年より、登録文化財の維持保全のために様々な催しの舞台として貸出を行っており、 ジャズコンサートや落語など異 文化の交流・情報発信の場として利活用しています。

HPより抜粋

アクセス 京福電鉄 「仁和寺」下車 徒歩5分

拾翠亭

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百日紅が、咲くころに











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想いを寄せた、あの場所に











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眩しい景色を、追いかけて











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想いを寄せた、あの場所で











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百日紅が、揺れている











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己の心に、問いかけて











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果たして、願いは届いたろうか











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皆様、京都より

残暑、お見舞い申し上げます


+拾翠亭(しゅうすいてい)+

京都市上京区 京都御苑内
五摂家のひとつであった九條家の現存する唯一の建物で、およそ200年前の江戸時代後期に
建てられたものと伝えられている
建物は全体が数寄屋風書院造りで、当時は主に茶会のための離れとして使用され
今も十畳と三畳のふたつの茶室が残されている
亭の前面には東山を借景に取り入れた勾玉形(まがたまがた)の池が広がり
茶室からの景観を一層引き立てられている

アクセス 京都市バス 「烏丸丸太町」下車 徒歩3分

Leica kyoto


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IN THE MONOCHROME WORLD at Leica Gion Kyoto











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以前、カメラの「Leica」専門店に伺った時に











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次回、訪れた時はモノクロで撮ろうと考えてました











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お、木村伊兵衛先生

こんな形で、御逢いするとは^^;











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ライカで撮る、じゃなく、ライカを撮る











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撮る











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撮る、モノクロでやる時は











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被写体を、何にするかって決める時点で

半分、勝負が決まる気がするなぁ











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Leicaを撮るのに











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Canonで、すいません



+ライカ京都店+

京都市東山区祇園町南側570-120
営業時間 11:00~19:00
定休日 月曜
    075- 532 -0320

輪違屋(わちがいや)


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幕末、明治、大正、昭和・・・・











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そして、平成

いくつもの物語が、繰り広げられた場所



+輪違屋(わちがいや)+

京都市下京区西新屋敷中之町
下京区の花街、島原の置屋兼お茶屋である、現在も営業を続けている
創業は元禄元年(1688年)、置屋として始まる
置屋として創業当時の名は「養花楼」、お茶屋兼業は明治5年(1872年)より始まる
現在の建物は安政4年(1857年)に再建されたものであり、明治4年(1871年)にほぼ現在の姿となった

かつては芸妓等も抱えていたが、現在は太夫のみを抱え、太夫の教育の場であり
また、宴席の場として営まれている
表に「観覧謝絶」の札がある(いわゆる「一見さんおことわり」の店である)

建物は昭和59年(1984年)に京都市指定有形文化財(建造物)に指定された
太夫道中に使われる傘を襖に貼り込んだ「傘の間」や本物の紅葉を使って
型取りしたうえに彩色した壁が使われた「紅葉の間」が特徴的である
いずれももともとは当主の部屋であったらしい
傘の間の傘には「高」(正確には髙島屋のマークの「高」の字体と同じ)の文字が入っているが
これは当主の姓が「高橋」だったということに由来する

1階には近藤勇書の屏風が、2階には桂小五郎書の掛軸がある

アクセス 京都市バス 「島原口」下車 徒歩6分

Gion Shirakawa Sakura Snap


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気軽に、

そして、思うがままに











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祇園白川、

桜の並木は、好天に恵まれ

大層な人だかり


こんな、時は

肩の力を抜いて、あまり考えず

思うがままに、スナップ写真

こういう愉しさも、カメラの醍醐味です^^v



+祇園白川(ぎおんしらかわ)+

京都市東山区祇園白川南通り

東大路通と花見小路通間を東西に流れる白川沿いの通りが白川北通
巽橋から縄手通までが白川南通に分かれており、特に白川南通の巽橋から
大和大路通(縄手通)までの区間の大部分は、北側の新橋通とともに
重要伝統的建造物群保存地区(祇園新橋伝統的建造物群保存地区)として選定されており
昔ながらの情緒が残っている

観光客にも人気が高く
よく京都を舞台としたドラマのロケ現場としても知られている

アクセス 京都市バス 四条京阪前 もしくは 祇園 下車 徒歩3分

京都府庁旧本館


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桜花の肖像











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蒼い天に、覆われた











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朧(おぼろ)な、記憶











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光を浴びて











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想い起こした、その姿は・・・・











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美しい貌を、していた



+京都府庁旧本館(きょうとふちょうきゅうほんかん)+

京都市上京区下立売通新町西入薮ノ内町
上京区にあるルネサンス様式の建築物、国の重要文化財
京都府の技師を務めた松室重光の設計により、1904年(明治37年)竣工
かつては京都府庁舎本館として使用された

春には「観桜会」(一般公開)が開かれる

アクセス 京都市バス 「府庁前」下車 徒歩4分

無鄰菴


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平和だねぇ











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仕事に追われる事は、ありません











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おつかいを、頼まれる事はありません











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喧騒は、聞こえてきません











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美しい眺めが、眼の前に在ります











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時折、鳥の声が聴こえます











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平日の、休日は











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つくづく、平和だねぇ



+無鄰菴(むりんあん)+

京都市左京区南禅寺草川町31
無鄰菴は、山縣有朋の別邸で七代目小川治兵衛の作庭
「無鄰菴」と名付けられた山縣邸は三つある
最初の無鄰菴は山縣の郷里、長州・下関の草庵である、名前の由来はこの草菴に隣家がない事による

第二の無鄰菴は、京都の木屋町二条に購入した別邸、そして第三の無鄰菴が京都・南禅寺参道前に
造営した別邸で、「無鄰菴会議」の舞台ともなった場所である

アクセス 京都市バス 「京都会館美術館前」下車 徒歩8分
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高兄

Author:高兄
古きを訪ね、京都を知る

京都生まれ、育ち

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